「東芝の量子暗号通信で安全なオンライン社会の実現」とは、量子暗号通信を中核とした量子セキュアコミュニケーションを実現するソリューションです。量子鍵配送(QKD)と耐量子計算機暗号(PQC)の技術を組み合わせることで、将来の脅威に対応可能な強固な通信基盤を提供します。
QKDは、光子を用いて暗号鍵を配送する技術です。光子は分割できない、光子の状態は完全にコピーできないという量子力学の原理に基づき、盗聴の有無を検出できます。盗聴が検知されなかった安全な光子のみで暗号鍵を生成・共有することで、理論上盗聴不可能な通信を実現します。
ここで重要なのは、既存の通信プロトコルやアプリケーションを大きく変更することなく導入できる点です。また、守るべき対象は暗号鍵であり、その鍵を安全に受け渡しすることで、将来の量子コンピュータによる暗号解読リスクを回避します。
PQCは、現在の暗号方式を拡張、強化するアプローチで、今の技術の延長線上にあるものです。一方、量子鍵配送は鍵の受け渡しそのものを量子力学の原理で守る点に特徴があり、両者は相互補完的な技術として位置づけられています。
実は、現在の通信回線は通信経路上でデータを盗まれても、検知できるとは限りません。データセンターへの不正侵入であれば痕跡が残ることがありますが、通信経路上でのデータ窃取は検知が困難と言われています。これまでは暗号化によって十分な安全性が確保されており、仮にデータを盗まれても情報の中身を解読するのが困難でした。しかし量子コンピュータの進化により、暗号化されたデータでも将来的に解読されるリスクが現実味を帯びてきています。
「量子コンピュータが実用化されてから対策すればいいのでは」と思われるかもしれませんが、暗号化されたデータを事前に収集し、将来解読を試みる可能性があります。これがHNDL(Harvest Now, Decrypt Later)と呼ばれる攻撃手法で、この脅威はすでに現実のものとなりつつあり、だからこそ今すぐ対策に着手する必要があります。
実は、受賞の前年にも応募していたのですが、落選してしまいました。当時は2020年に事業化を発表したタイミングで、審査では「事業化がまだこれから」という判断だったようです。
1年後には事業化が始まっていましたので、「もう一度挑戦しよう」ということで再エントリーしました。量子暗号通信事業は2020年度から事業体制を構築し、2021年4月に東芝デジタルソリューションズで事業化。ちょうど秋のCEATEC開催タイミングで、同年10月に英国BTと「英国ロンドンで世界初の量子暗号通信の商用メトロネットワークを構築」と発表しました。製品化が完了し、顧客のリリースも出ていた良いタイミングでしたね。
国内外での認知度向上により、通信キャリアや金融機関との協業が大きく進展しました。具体的には2020年頃からグローバルに取り組んでおり、BT、Orange、KDDI、NTT、ソフトバンク、オプテージなど、多くが通信キャリアとのタイアップですね。
米国ではJPモルガン・チェースが自社のプライベートネットワークで検証を進めています。
歴史的には英国ケンブリッジで研究を始め、約30年携わっているトップエンジニアがいる英国では、国としても高く評価いただいています。2021年に英国での商用メトロネットワーク構築を発表してから4年で、公表できるものだけでもこれだけの実績になっています。
アワード受賞に伴い、プレスリリースにより広く告知していただきました。当時、量子暗号通信という言葉は社内にも浸透していなかったのですが、この受賞をきっかけに社内の認知が一気に進みましたね。社内では「世界標準を狙う技術」として高く評価されています。
社外のお客様からも、CEATECで評価いただいたことがきっかけでお声がけをいただきました。実用的に認められたということの裏返しだと感じています。
メディアからの反応も大きかったですね。大手技術系メディアなどにすぐ特集を組んでいただき、連載記事も出していただきました。ただ、技術的にかなり難しい分野ですので、記者の方々向けに何度もレクチャーを実施しました。わざわざレクチャーを受けてくださるということは、やはりメディアの方々にも強い関心を持っていただけたのだと思います。
展示会場では、アワードを掲示しているだけで「これ取ったんだ」と人だかりができました。CEATEC 2021は15万人近い来場者がいた中で、非常に話題性があり、ブースが大いに盛り上がりましたね。
製品は既に販売を開始しており、グローバルで実証実験を展開しています。特筆すべきは仏Orangeですね。2025年6月にはOrange Business社と東芝がフランスで初の商用量子セキュア通信ネットワークサービスの提供開始を発表しました。
英国BTでも、2022年にEY、2023年にHSBCといった金融系のお客様が顧客としてトライアルに参加されています。日本は現在、技術的な検証を先に進めている段階です。
技術の先進性だけでなく、社会実装の具体性を評価していただける点が魅力だと感じています。20年以上の歴史がある技術ではありますが、当時としてはまさに最先端のテクノロジーをしっかり見ていただいて、賞までいただけたことに大きな価値を感じていますね。
来場される一般のお客様やメディアにも受賞が明確に伝わりますので、集客という面でもアワードの効果は大きいと感じました。結果的にブースが盛り上がり、多くの方との新たな接点が生まれました。
編集後記
東芝の量子暗号通信は、長距離・高速な鍵配送技術を特徴とし、CEATEC 2021でソリューション部門準グランプリを受賞しました。受賞を契機に社内外での認知が進み、通信キャリアや金融機関を中心に世界各地で検証・実装の取り組みが広がっています。2025年には仏パリで初の商用量子セキュア通信ネットワークサービスが開始されたほか、衛星搭載用システムの開発にも成功するなど、社会実装と将来展開の両面で取り組みが進んでいる。
量子コンピュータ時代を見据えた安全な通信基盤の構築に向け、官民・国際連携を通じた社会実装が段階的に進められており、CEATEC AWARD はこうした先進技術の社会実装を評価する場として、技術の認知拡大と新たなビジネス機会の創出に貢献しています。